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東京地方裁判所 昭和30年(行)4号 判決

原告 高野近敬

被告 東京国税局長

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

当事者双方の申立、主張並びに証拠の提出、援用及び認否は別紙のとおりである。

理由

原告主張のような経過で、被告が原告主張の日にその主張する内容の審査決定をし、原告主張の日にこれを原告に通知したこと、原告が金物販売業(ただしその転業の時期をのぞく)及びナイロン靴下の販売、修理、加工業を営むものであることは、いずれも当事者間に争いがない。

そこで原告の昭和二十七年分の総所得金額がいくらであるかについて考えてみる。

(一)  原告本人尋問の結果によつて真正に成立したと認められる甲第一号証の一、二、証人中原敏夫の証言によつて真正に成立したと認められる乙第三号証の一ないし一三、同第四号証の一ないし七、同第五号証の一ないし五、第六号証の一ないし四、と証人宮崎俊雪の証言、原告本人尋問の結果に本件口頭弁論の全趣旨をあわせ考えると、原告は昭和二十七年分の収支関係を明らかにする帳簿として、金物販売関係の仕入帳、仕入伝票、売上伝票、経費伝票と靴下販売等の関係で仕入帳と仕入伝票の一部を所持していたが、右仕入帳には昭和二十七年二月から十二月までの月別の仕入金額が記載されているが、右記載は原告の記憶等に基いて、昭和二十七年か昭和二十八年になつてからなされたものであつて、正確に原告の同年中の仕入の状況を明らかにしたものでないこと、前記伝票類は昭和二十九年六月以後紛失してしまつていることが認められる。このような場合には帳簿に基いて現実の収支の計算によつて所得を算定することは不可能であるから、推計によつてこれを算定することはやむを得ないことであるといわなければならない。

(二)よつて被告の推計の方法による所得の算定の当否について順次判断する。

(1)  金物販売による差益について。

(イ)  原告の昭和二十七年の期首在庫高が金一三一、七六七円、仕入高が金九七八、三二七円、期末在庫高が金一四一、三八一円であり、従つて売上原価が金九六八、七一三円であることは当事者間に争いがない。

(ロ)  成立に争のない乙第七号証の一、二、証人中原敏夫の証言によつて真正に成立したと認められる乙第一、第二号証と同証言を綜合すると、原告の営業場所の所在地を管轄する四谷税務署管内の青色申告による納税者である訴外有限会社吉見家の昭和二十七年一月一日から同年十二月三十一日までの事業年度の売上高が金三、〇五三、五七〇円、期首在庫高が金六三〇、四六三円、仕入高が金二、二六九、二四八円、期末在庫高が金六五〇、八五〇円であり、同じく株式会社田中金物店の昭和二十七年七月一日から昭和二十八年六月三十日までの事業年度の売上高が金四、三二四、〇二二円八〇銭、仕入高が金三、七六五、四二二円一八銭、期末在庫高が金五二七、六六八円六八銭であること、東京国税局管内の実態調査による金物の小売の標準差益率は二六%であり、右差益率は売上高の多少には関係のないものであることが認められる。右事実によれば、有限会社吉見家の右事業年度の差益率が二六・三六%であり、株式会社田中金物店の右事業年度の差益率が二五・一二%であつて、右両会社の差益率の平均が二五・七四%であることは計算上明らかである。しかして東京国税局管内の標準差益率の範囲内で、原告と同一の税務署管内の青色申告による同業者の平均差益率をもつて原告の差益率と推定することは、特別の事情のないかぎり、合理的な推定方法というべきである。ところで原告は昭和二十七年中に金物の小売業からナイロン靴下販売業に転業したと主張するけれども、原告本人尋問の結果によると、原告は昭和三十一、二年頃まで金物小売業をも継続しておつたことが認められるから、右の主張は到底採用できないし、原告は他に右差益率の適用を妨げるに足りる具体的な事実を主張しないし、又そのような事情を認めるに足りる証拠もないから、原告の金物小売による差益率を二五・七四%とすることは妥当である。

(ハ)  前記売上原価及び差益率から売上金額を逆算すると、売上金額は金一、三〇四、四四八円となり、これから右売上原価を控除すると、原告の金物小売の売買差益が金三三五、七七五円となることはいずれも計算上明らかである。

(2)  靴下の販売による差益について。

(イ)  昭和二十七年期首の在庫高が皆無であり、期末在庫高が金一四一、五四〇円であることは当事者間に争いがなく、前記乙第三号証の一ないし十三、第四号証の一ないし七、第五号証の一ないし五、第六号証の一ないし四と証人中原敏夫の証言を綜合すると、原告は昭和二十七年中に訴外羽鳥多摩夫から金七二九、一四〇円以上の、同羽鳥特別共同作業所こと羽鳥信男から金二二二、一六五円以上の、同大須悦次から金六九五、四八二円の、同宮沢清吉から金三三五、三六五円の中古靴下を仕入れたことが認められる。原告本人尋問の結果のうち、右認定に反する部分(殊に原告が銀行との取引額を大にするため仕入金額以上の小切手を振出したとの供述部分)は措信することができない。もつとも原告は右仕入金額のなかには原告が同業者である訴外玉川順平、同東谷勝義及び小山某のために仕入れたものが含まれていると抗争し、証人玉川順平、同東谷勝義の各証言及び原告本人尋問の結果のなかには、右主張にそうよう供述する部分があるけれども、その他の供述部分をも検討し、成立に争いのない乙第八、第九号証とあわせ考えると、右供述は容易に措信することができないし、他に原告の右の主張事実を認めるに足りる証拠はない。そうすると原告の昭和二十七年中の仕入金額は金一、九八二、一五二円であつて、売上原価が金一、八四〇、六一二円となることは計算上明瞭である。

(ロ)  証人宮崎俊雪同中原敏夫(但し後記の部分を除く)同玉川順平の各証言を綜合すると、原告が販売した中古ナイロン靴下は一五デニール(通称ガラス)及び三十デニールの二種であつて、仕入品のうち一五デニールについては十本以内、三十デニールについては五本以内程度の糸のきれたものはそのまま販売し(糸のきれた数によつて上、中、下とする)、それ以上糸のきれたものや、左右色の異るものは加工して再生品として販売しておつたこと、その一足の仕入原価及び販売代価及び差益率は少くとも次ぎのとおりであることが認められる。

(A) そのまま販売するもの

種類

販売代価(円)

原価(円)

差益率(%)

一五デニール 上

一三〇

一〇〇

二三

〃 中

一〇〇

八〇

二〇

一五デニール 下

八〇

六〇

二五

三〇デニール 上

二〇〇

一三〇

三五

〃 中

一三〇

一〇五

一九

〃 下

一三〇

一〇〇

二三

(B) 再生して販売するものは、各種平均で販売代価は八〇円ないし一〇〇円、仕入原価は三〇円、加工賃は三〇円であつて、差益率三三%。

証人東谷勝義、同中原敏夫の各証言及び原告本人尋問の結果のうち、右認定に反する部分は措信しない。

しかして被告挙示の全証拠を検討しても原告の販売数量のうち、加工せずそのまま販売した数と、加工再生したうえ販売した数が同数であつたことを認めるに足りるものはないから、このような場合には差益率の低い加工しないで販売した分の平均差益率(この数値が二四%となることは計算上明らかである)を適用することが合理的な推計方法であらうと考える。

(ハ)  この差益率と前記認定の売上原価とから靴下の売上金額を逆算すると、売上金額は金二、四二一、八五七円となり、これから右売上原価を控除して靴下の売買差益を計算すると、差益が金五八一、二四五円となることは計算上明らかである。

(3)  必要経費について。

必要経費が金二〇九、一八七円であることは当事者間に争いがない。

(4)  所得について。

前記(1)金物小売の売買差益と(2)靴下販売の売買差益とから(3)必要経費を控除すると、原告の昭和二十七年中の総所得金額は金七〇七、八三三円であると推定される。

原告は同年分の総所得金額は金一〇〇、〇〇〇円を超過しないと主張するけれどもその理由のないこと右認定の事実にてらして明らかである。

してみると、原告の昭和二十七年分総所得金額を金三二三、〇〇〇円と訂正した被告の審査決定には原告主張のような違法はないから、原告の本訴請求は理由がなく、棄却すべきものであり、訴訟費用の負担について行政事件訴訟特例法第一条、民事訴訟法第八十九条、第九十五条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 石田哲一 地京武人 井関浩)

(別紙)

一、請求の趣旨

(一) 被告が昭和二九年一〇月一四日付でした原告の昭和二十七年分所得税の総所得金額を金三二二、三〇〇円と訂正した決定のうち金一〇〇、〇〇〇円を超過する部分を取消す。

(二) 訴訟費用は被告の負担とする。

二、請求の趣旨に対する答弁

原告の請求を棄却する。

三、請求の原因として原告の陳述した事実

(一) 原告は従来家庭用金物製品の販売業を営んでいたが営業不振のため昭和二十七年頃から転業し、ナイロン靴下の販売、修理及加工業を始めたが、昭和二十七年分の所得税の確定申告として昭和二十八年三月一六日四谷税務署長に対し昭和二十七年分の欠損額は金六七、四〇〇円であると申告した。

(二) 四谷税務署長は昭和二八年四月三〇日付で原告の昭和二十七年分の総所得金額を金二九六、六〇〇円と更正する旨決定しその頃その旨を原告に通知した。原告は右更正決定に不服であつたので同年五月二三日同税務署長に再調査の請求をしたところ、同年六月二九日同税務署長は、原告の右請求を棄却する旨の決定をし、更に同年七月一五日付で原告の昭和二十七年分の総所得金額を金六六一、七〇〇円と再更正する旨の決定をし、翌一六日その旨原告に通知した。

原告は更に同年八月一二日同税務署長に再調査の請求をしたところ、同署長は同年一〇月七日付で原告の右再調査の請求を棄却し、同月一〇日その旨原告に通知した。そこで原告は同年一一月一〇日被告に対し審査の請求をしたところ、被告は昭和二九年一〇月一四日付で四谷税務署長のした再更正決定額の一部を取消し、原告の昭和二十七年分の総所得金額を金三二二、三〇〇円と訂正する旨決定し、同月一六日その旨を原告に通知した。

(三) しかし原告の昭和二十七年分の所得額は多くとも、金一〇〇、〇〇〇円を超えないから、被告のした右審査決定中右金額を超える部分については、原告の所得を過大に認定した違法があるから、取消さるべきである。

四、請求原因事実に対する答弁及び主張として被告の陳述した事実

(一) 請求原因(一)の事実中、原告が昭和二十七年中家庭用金物製品の販売業並びにナイロン靴下の販売、修理及び加工業に従事したこと、原告主張の日に四谷税務署長に原告の昭和二十七年分所得税の確定申告として原告主張の金額の欠損であると申告したことは認めるが、その余の事実は争う。

同(二)記載の事実はすべて認める。

同(三)記載の事実は否認する。

(二) 原告の昭和二十七年度の総所得金額は次のように金八四二、三八一円と認められるから、これを金三二二、三〇〇円と訂正した被告の審査の決定にはなんらの違法もない。

原告は仕入帳と題する帳簿を所持するだけで売上帳その他収支を明らかにする資料を所持しておらず、仕入帳も後記靴下の仕入金額で説明するとおりその記載を信用することができなかつたので推計の方法により原告の所得を算出した。

(1) 原告の金物製品及び靴下の販売差益合計は金一、〇五一、五六八円である。

(イ) 金物の販売差益は金三三五、七七五円である。

(A) 原告が審査請求の際申立てた売上原価は金九六八、七一三円である。その内訳は次のとおり。

(i) 期首在庫高一三一、七六七円

(ii) 仕入高  九七八、三二七円

(iii) 期末在庫高一四一、三八一円

(iv) 売上原価((i)+(ii))=(iii)九六八、七一三円

(B) 被告の調査によると四谷税務署管内における金物の販売差益率(売上高に対する利益の比率)は二五・七四%である。即ち同税務署管内において正確な帳簿書類を備え、その税務経理を是認された金物販売の同業者である吉見屋商店の昭和二七年一月一日から同年一二月三一日までの事業年度における金物の販売差益率は二六・三六%であり、また同じく税務経理を是認された田中金物店の同年七月一日から同二八年六月三〇日までの事業年度における金物の販売差益率は二五・一二%であるからその平均値二五・七四%を金物の販売差益率と推定した。

(C) そして前記原告の売上原価に右販売差益率を適用して売上金額一、三〇四、四八八円を算出し、これから売上原価を控除して差益三三五、七七五円を算定した。

(ロ) 靴下の販売差益は再生加工による販売を含めて七一五、七九三円である。

(A) 売上原価は、一、八四〇、六一二円である。

原告が審査請求の際申立てた期首在庫高は皆無であつて、期末在庫高は一四一、五四〇円である。又仕入金額については原告は仕入帳を所持していたが、その記載は信用することができず、その他に正確な備付帳簿書類がなく協力を得られなかつたので、被告が仕入先及び銀行を調査した結果、原告は靴下の仕入のため合計金一、九八二、一五二円を支払つていることが明らかとなつたのでこれを原告の仕入金額とした。その内訳は次のとおりである。

(i) 八王子市中野町東四の九二八羽鳥多摩夫に対し金七二九、一四〇円(銀行調査による)

(ii) 南多摩郡由井村小比規一、四八八羽鳥特別共同作業所に対し金二二二、一六五円(納品書による)

(iii) 八王子市小門町三九大須悦次に対し金六九五、四八二円(銀行調査による)

(iv) 同市天神町八宮沢清吉に対し金三三五、三六五円(銀行調査による)

前記仕入金額より期末在庫額を控除すると売上原価は、金一、八四〇、六一二円と算定される。

(B) 差益率(売上に対する利益率)は二八%である。

原告の靴下の販売は通常卸売及び小売によるものと、靴下を再生加工の上販売するものとの事業からなり、その利益率は異なるので、原告の申立てた数字から再生加工による販売差益率三三%及び通常の販売差益率二四%を求め、その平均値二八%を全体の売上に対する利益率とした。

(i) 再生加工分靴下一足の仕入価額は三〇円、その再生加工賃は三〇円でその平均売値は九〇円であるとの申立から差益三〇円を求め、これを売値九〇円をもつて除し差益率三三%を得た。

(ii) 通常の販売分

品名

販売価額(円)

原価(円)

差益(円)

差益率(%)

ナイロン 上物

一三〇

一〇〇

三〇

二三

〃 中物

一〇〇

八〇

二〇

二〇

〃 下物

八〇

六〇

二〇

二五

ウス手 上物

二〇〇

一三〇

七〇

三五

〃 中物

一三〇

一〇五

二五

一九

〃 下物

一三〇

一〇〇

三〇

二三

(C) 前記売上原価及び差益率から靴下の売上金額二、五五六、四〇五円を算出し、更にこれより売上原価一、八四〇、六一二円を控除して差益金七一五、七九三円を算定した。

(ハ) したがつて原告の総差益は、金物販売による差益三三五、七七五円と靴下の販売による差益七一五、七九三円の合計金一、〇五一、五六八円となる。

(2) 必要経費は金二〇九、一八七円である。

公租公課

事業税   二二、四〇〇円

固定資産税  一、二二七〃(注参照)

自転車税     二〇〇〃

荷造及運賃    四〇〇〃

水道光熱費 二八、九〇二円

旅費及通信費

電話料   一五、五七〇円

交通費    一、八〇〇〃

広告宣伝費    三〇〇〃

交際費   一二、〇〇〇〃

利子     二、六三四〃

消耗品費   二、五四六〃

雑費    二〇、二〇〇〃

雇人費   九四、五〇〇〃

減価償却費  一、五二八〃

地代     四、九八〇〃

(注)原告が昭和二十七年中に支払つた固定資産税は合計五、五八〇円であるが、このうち原告の家屋(一八、二五坪)のうち店舖(四坪)に相当する一、二二七円が必要経費となるものである。

(3) 総差益一、〇五一、五六八円から必要経費二〇九、一八七円を控除した金八四二、三八一円が純利益金額であつて、原告の昭和二十七年分の所得金額である。

(4) 東京国税局管内の金物販売の標準差益率は二六%であるから、売上原価金九六八、七一三円(前記(1)(イ)(A)参照)にこれを適用すると売上高は金一、三〇九、〇七一円となり、これから右売上原価を控除すると、金物の販売差益は金三四〇、三五八円となり、これに靴下の販売差益金七一五、七九三円(前記(1)(ロ)参照)を加え、必要経費金二〇九、一八七円(前記(2)参照)を控除すると、原告の総所得金額は金八四六、九六四円となるのであつて、金物の販売差益の算定に東京国税局管内の標準差益率を適用しても、原告の総所得金額が、被告のした審査決定額を上廻ること明らかである。

(5) 仮りに前記靴下販売による差益率の算定にあたつて、通常の販売額と再生加工の販売額とがあると認められないとしても、差益率の低い通常の販売による差益率二四%(前記(1)(ロ)(B)(ii)参照)を適用して、前記と同様の方法によつて靴下販売の差益を計算すると、差益は金五八一、二四五円となり、これに金物販売による差益金三三五、七七五円(前記(1)(イ)参照)を加え、必要経費金二〇九、一八七円(前記(2)参照)を控除すると、原告の利益は金七〇七、八三三円となり、審査決定額を上廻るのである。

五、被告主張事実に対する原告の答弁

被告主張事実中、(1)(イ)(A)の金物の期首在庫高、仕入高、期末在庫高及び売上原価が被告主張のとおりであることは認める。同(B)の販売差益率に関する被告主張の事実はすべて争う。従つて同(C)の金物販売による差益額も争う。

同(ロ)(A)記載事実中期首及び期末在庫高が被告主張のとおりであることは認めるがその他の事実はすべて争う。(i)羽鳥多摩夫からの仕入金額は金七六、九八〇円(ii)羽鳥特別共同作業所からの仕入金額は金四八、七六〇円であり、又(iii)大須悦次及び(iv)宮沢清吉から靴下を仕入れた事実はない。尤も原告名義で被告主張の者との間にその額の取引があつたかも知れないが、それは原告が同業者たる玉川順平、東谷勝義及び小山某のため原告の名義を使用させたにすぎず、原告がその営業用として仕入れたものではない。

同(ロ)の(B)(C)及び(ハ)記載の事実はすべて争う。

同(2)記載(必要経費)の事実はすべて認めるが、(3)記載の事実は争う。

六、証拠〈省略〉

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